【感想】秋葉剛史『形而上学とは何か』
2025-08-11 投稿
秋葉先生の新書『形而上学とは何か』が数日前に発売された。これは分析形而上学の代表的ないくつかの話題を丁寧に紹介・議論している本で、前提知識ゼロでもゆっくり読めば分かるようになっている。また、形而上学の前提知識が多少ある人にとっても、主に以下で書く理由から、知識の整理に役立つものになっていると思われる。ともかく、とてもいい本で大変勉強になったので、少しだが感想を書き残しておきたい。
本書の詳しい情報は出版社のウェブサイトから見られる。また、「はじめに」はwebちくまで公開されている。本の目次は次の通り。扱っている主題はオーソドックスなものだ。
- はじめに
- 序章 形而上学とは何か
- 第1章 性質と類似性
- 第2章 因果
- 第3章 部分と全体
- 第4章 「もの」と「こと」
- 第5章 時間と様相
- 第6章 人の同一性
- 第7章 自由
- さらに学びたい人のための文献案内
以下感想。
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まず第一に、秋葉先生のメタ形而上学 (metametaphysics) 的立場がはっきりと打ち出されている点が目を引く(序章)。その立場とは、「形而上学は、モデルづくり (model-building) を通じて諸問題に取り組む」というものだ。この立場のもとでは、例えば時間論は、「出来事Aは出来事Bよりも後に生じる」といった時間にかんする事実を成り立たせているような世界の構造を捉えたモデルを構築することを目指す活動とみなされることになる。このようなかたちで、各章では、様々な主題についての形而上学的探求がすべてモデルづくりとして描き出されている。それによって、分析形而上学の雑多な主題に対して、統一的な見通しが得られるようになっている。((ちなみに、モデルづくりに注目するのは最近のメタ形而上学で熱い話題の一つと言える。この本の最後の文献紹介には書いていない文献を補足しておくと、ティモシー・ウィリアムソンの『哲学の方法』などがある。ただし『哲学の方法』は、形而上学だけでなく哲学全般についてのもの(メタ哲学)である。))
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第二の大きな特徴として、本全体を通じて方法論的な配慮が行き届いている点を挙げたい。例えば、因果の形而上学を扱う第2章の最初の方(82-84頁)では、「因果の本質とはなにか?」という問いに取り組む際に、わたしたちの常識的な因果判断を重要な根拠とする(つまり、「因果とはこれこれだ」という説の評価の際に、「AはBを引き起こす、と言ってよい」のような因果判断をその評価基準とする)ということが形而上学の実践においては実際に行われているのだが、それは正当なのか、といった自然な疑問が取り上げられる。そしてこれに対して、数ページを使って比較的じっくりと正当化が行われている。あるいは、人の形而上学を扱う第6章の中盤(256-259頁)では、「人が同一であるとは、身体が同一であるということだ」という説に反対する根拠としてしばしば持ち出される奇抜な思考実験が紹介され、そうした奇抜な思考実験が人の同一性基準という現実の問題といったいどういう関係があるのか、という自然な疑問が取り上げられる。そして、やはりこれに対しても丁寧な回答がなされている。これらの問題についての秋葉先生自身の見解に対してさらなる異論はあるだろうが、とはいえ、そういった素朴な疑問を逐一解消しておいてくれていることにより、より内容に集中できるようになっていると思う。
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第三に、科学(哲学)的な話題が豊富なこともこの本に特徴的に思える。例えば第3章の「部分と全体」では、いわゆる「下向き因果 (downward causation)」についての議論をしている箇所で、粘菌と呼ばれる原生生物のふるまいがその一例として提示されている(下向き因果というのがそもそも形而上学と言うよりは科学哲学の主題であり、さらにその例として架空のものではなく現実に存在するものが用いられている)。これによって、「思弁的なパズルにばかり取り組んでいてだめだ」的な批判を向けられがちな分析形而上学の各主題が、現実の問題と意外にも密な関係があるということが分かるようになっている。また、形而上学と科学哲学が似たような主題に取り組んでいる、などの分野間のつながりも見えやすくなっていると思う。もちろん、そうした「科学的な」事例が、問題の形而上学的な議論と適切に関連しているのかどうかには議論の余地があるが、そうしたさらなる議論の種になるという点でも、例が豊富なのはいいことだろう。